カテゴリー「18. ブルック・シールズ」の3件の記事

ブルッキーも同じことを考えていた。

Images 以下のニュースによると、ブルッキーもマイコーが棺から飛び出してコンサートを始めるのではないかと期待していたと言ってます。で、キャサママがブルッキーにメモリアルでスピーチをしてほしいと言っていたとか。用意されていたスピーチがあったそうですが、自分で書きなおしたんだそうです。

http://www.newkerala.com/news/fullnews-29506.html

ふむふむ。私も、あの棺から出てこないかなぁ、と期待していたクチなので、意外にブルッキーも普通の人と同じ反応なんだなぁ、と思いました。

にしても、ブルッキーは、ずーっと、マイコーに電話して、手を差しのべたかったものの、結局ずーっと話すどころか、会ってもいないんですね~。

ふ~む。このニュースも本当かどうか分かりませんが、キャサママが、ブルッキーに頼むかなぁ…。スピーチが終わった後、キャサママにブルッキーから挨拶していたけど、彼女が終わってから、家族は誰も立ち上がらなかったような気がするのですが??どうでしたっけ?分からんなぁ…。

|

ブレット・ラトナーがマイコーにインタビュー。

Ratner ぎゃ!ブルック・シールズのポスターを部屋中に貼っていて、ジャネット達がはがしていたという話をマイコー本人がしています…。この話、読んだことはあったけど、本人が言ったのを聞いたのは初めて。なんか、がっくり(-_-;)

でも、確実に素晴らしいインタビューです。裁判前らしいですが、なんだぁ~、マイコー、わかっていたのに、なぜ?!と悔しくなる場面もありです。でも、やっぱりマイコー、偉大です(涙)リラックスしているのが、素敵で、カッコ良いです。

http://shooterseries.squarespace.com/

解説付きハイライト。↓

http://www.accesshollywood.com/brett-ratner-reveals-michael-jacksons-lost-interview_video_1154336

ブレット・ラトナーは、以下のyoutubeの中の運転している人で、ラッシュアワーの監督です。

http://www.youtube.com/watch?v=oDqO5iiPoog

|

ただの同伴者?

Be023517_2 周囲の人間に勧められ、1984年1月(マイコー26歳)にAMA、2月にギネス記録を祝うパーティで、マイコーはブルッキーをパーティに同伴します。グラミー賞にも彼女と一緒に行くのですが、タラボ本によると、マイコーは、本当は彼女を同伴したくなかったらしいです。グラミーの直前にエンシーノの家にブルッキーが押しかけ、グラミーに連れて行ってほしいと言ったらしく、マイコーは断りきれずに連れて行ったそうです。タラボ本292ページには、このとき、ジャネットとラトーヤにブルッキーをどうすべきか、相談している場面があります。

キッチンにいたラトーヤとジャネットに、ブルッキーが来たことを話して、

マイコー「連れて行きたくないんだ。本当に、本当に、連れて行きたくないんだ。」

ラトーヤ「じゃあ、断ればいいじゃないの。彼女にノーと言えば?」

マイコー「それはできない。」

ジャネット「なんで?」

マイコー「彼女を傷つけたくないから。」

で、結局、断りきれずに連れて行ったそうです(笑)

ブルッキーはこの頃、18歳でプリンストン大学に通っていましたが、女優としては落ち目(本人的には、学業に専念していたらしい)だったらしく、PRにマイコーの存在が必要だったようです。マイコーは、彼女を助けるという意味で、一緒に連れ添ったという認識。あくまでタラボ本ではそう書いてあります。

マイコーの自伝には、ブルッキーとロマンスがあったとありますが、実際は何もなかったようです。ブルッキーも結婚するまでは守る主義でしたから、何もなくても不思議はないのですが。

しかし、同伴歴がやたら長いですよね。

しかも、以下の1993年の写真を見てください。マイコーとブルッキー、似ていませんか?最初は、マイコーもあまり気乗りしなかったものの、同伴しているうちに、本当に好きになったのでしょうか?このとき、同伴し始めて、9年も経っているんですものね。情も移っていたかもしれません。

でも、このあと、ブルッキーはアガシと4年の交際の末、1997年に結婚。2年後に離婚し、01年にクリス・ヘンチーと再婚。03年に出産します。この頃のマイコーの実際のお相手は、さて、どなただったのでしょうか?243999_michaeljacksonbrookeshield_2 2631161_1350_2

| | トラックバック (0)